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「ハルモニたちの姿は大きな希望」―長生炭鉱遺骨収容に取り組む井上洋子さん、川崎・桜本で交流

1942年2月3日、太平洋戦争下の国策増産体制の中で、山口県宇部市の海底炭鉱「長生炭鉱」の坑道が崩落し、183人(うち136人が朝鮮人)が海底に閉じ込められたまま犠牲となった。事故直後、会社側は設備保全などを優先して坑口を松の板で閉ざし、救出はおろか遺骨の収容すら放棄された。
この海底の暗闇に放置された遺骨に向き合い続けてきた一般社団法人「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(以下、刻む会)」の井上洋子共同代表が、7月28日、神奈川県川崎市「ふれあい館」で講演を行った。翌日には、地域の在日コリアンのハルモニ(おばあさん)たちの学びと交流の場「ウリマダン」にも参加し、交流会が開かれた。

井上さんを出迎えるハルモニたち。(佐藤慧撮影)
1991年に発足した「刻む会」は、証言集めや追悼碑の建立を経て、2014年からは「遺骨の収容と返還」を目標に掲げて活動を続けてきた。2024年9月には閉ざされていた坑口を発見、2025年8月と2026年2月には、国内外の有志ダイバーにより、坑内から頭蓋骨を含む遺骨の一部の収容を果たしている。遺骨は現在、日韓両政府の協力のもとDNA鑑定が進められている。
今年2月、台湾人ダイバー、ウェイ・スー(ビクター)氏 が潜水中に不慮の事故で亡くなったため、捜索・収容作業については「今後の判断そのもの」を現在は保留としているが、より安全な遺骨収容を国に求めている。
講演で井上さんは、「坑道内には確実にご遺骨が残されています。この方たちをこのまま残しておくわけにいきません。何としても遺骨収容を今後も実現していくことが求められています」と語り、長生炭鉱の遺骨は「強制労働の証人」でもあると指摘した。
「刻む会」は、長生炭鉱のピーヤ(排気・排水筒)を「海の墓標」とし、加害の歴史と向き合う「平和公園」とする活動も進めていくという。

2025年8月、長生炭鉱のピーヤ(排水・排気筒)の見える床波海岸にて、収容された遺骨の置かれた献花台前に犠牲者の名前を刻んだろうろくが灯された。(佐藤慧撮影)
「ふれあい館」がある川崎区桜本は、戦前戦後を通じて在日コリアンが暮らしてきた街だ。ハルモニたちは、ヘイトスピーチ解消法や差別禁止条例の制定を求める運動の先頭にも立ってきた。
講演翌日の「ウリマダン」で井上さんを迎えたハルモニたちは、それぞれが長生炭鉱で失われた命や、海底に残された遺骨についての思いを語った。
最高齢で95歳の石日分(ソク イルブン)さんは「長生炭鉱の事故当時は北九州に住んでいましたが、事故の事実は知りませんでした。ウリマダンで長生炭鉱の歴史と海に沈んだ方の遺族の痛みを知った時、胸が締め付けられる思いでした」と思いを語った。

井上さんに思いを伝える石日分さん。(佐藤慧撮影)
2025年8月、長生炭鉱への思いを寄せたハルモニたちのメッセージは現地へと届けられ、追悼集会の場で海に向かって掲げられた。さらに市民の力で遺骨収容を進めるための資金集めや呼びかけに対しても、ハルモニたちはビデオメッセージを作成して発信してきた。

2025年8月、川崎の在日コリアンのハルモニたちが長生炭鉱遺骨収容への思いを手書きで綴ったタペストリーが長生炭鉱のあった海岸へと届けられた。
石日分さんが長生炭鉱に寄せたメッセージ
植民地統治がいかにひどくて朝鮮人にとって残酷なものだったかわかりました。行政が歴史をちゃんと振り返り罪の気持ちをもって遺骨収集に力を尽くしていれば、こんなに時間はかからなかったはずです。善良な市民たちが韓国の遺族たちと連携してここまでもってきたのはすごいことだと思います。一日も早く海に沈む方の魂が遺族のもとに帰れることを祈っています。四月に力が結集して技術も進歩してドキュメンタリー映画を含めて世論が広がっていくといいですね。戦争は人間を悪魔にしてしまいますね。絶対にやってはいけないことです。
井上さんは「海に捨て置かれたまま遺骨すら拾われない朝鮮人の方々への理不尽な差別に強い憤りを覚えてきた」「ハルモニたちが声を上げ、川崎の街を変えてきた姿は大きな希望。必ずすべての遺骨を故郷へ帰します」と力強く誓った。
交流会ではハルモニたちによる踊りも披露され、井上さんも立ち上がり共に体を揺らした。

ハルモニたちの踊りにいざなわれて一緒に踊る井上さん(右)。(佐藤慧撮影)
「募集」「官斡旋」「徴用」と、年代により言葉は移り変わったが、その実態は人々を強制労働に追いやった国策であったことに違いはない(※)。特に植民地支配下の人々に向けられた蔑視や差別は、社会システムの基底に連綿と刻まれたまま放置されている。
(※)「募集」「官斡旋」「徴用」と「強制労働」2021年の下記国会答弁では馬場伸幸衆院議員の質問に対し、菅義偉内閣が決定した閣議決定答弁書において、以下のように回答している。
《強制労働ニ関スル条約(昭和七年条約第十号)第二条において、「強制労働」については、「本条約ニ於テ「強制労働」ト称スルハ或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意ニ申出デタルニ非ザル一切ノ労務ヲ謂フ」と規定されており、また、「緊急ノ場合即チ戦争ノ場合・・・ニ於テ強要セラルル労務」を包含しないものとされていることから、いずれにせよ、御指摘のような「募集」、「官斡旋」及び「徴用」による労務については、いずれも同条約上の「強制労働」には該当しないものと考えており、これらを「強制労働」と表現することは、適切ではないと考えている。》
しかしILOの専門家委員会は1999年の年次報告書等において、太平洋戦争中の日本による軍「慰安婦」問題および「強制徴用(労務動員)」について言及し、これらを「ILO第29号条約違反(強制労働)である」と認定・指弾しており、日本政府の解釈は、ILOの公式見解と真っ向から対立している。この閣議決定(政府統一見解)を受け、2014年に改定された教科書検定基準(政府の見解に基づく記述を求める規定)に沿う形で、「強制連行」や「従軍慰安婦」などの記述の削除・変更が相次いだ。
加害の歴史と正面から向き合い、よりよい社会・未来に向けて学び、変革していかない限り、同様の構造のもとに加害が再生産され続けてしまうだろう。海の底に眠る遺骨、そして全国各地に取り残された無数の痛みに、国が、社会が、どう行動できるか問われている。

交流会では歌や踊りが次々と披露された。(佐藤慧撮影)
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フォトジャーナリスト / ライター佐藤慧Kei Sato
1982年岩手県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第2回児童文芸ノンフィクション文学賞、『10分後に自分の世界が広がる手紙』〔全3巻〕(東洋館出版社)で第8回児童ペン賞ノンフィクション賞など受賞。
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