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【エッセイ】「何が差別か分からない」という特権 関東大震災から103年の地平

2024年9月1日、朝鮮人犠牲者追悼式典で。(安田菜津紀撮影)

学校帰り、好きな漫画の最新号が出ていないか、気になる新刊はないかと、最寄りの駅前の本屋に立ち寄る。そんな高校時代の「ルーティーン」はいつしか変わり、私は本屋に寄りつかなくなった。自分のルーツを知った後、当たり前のように出入りしていた本屋の光景が、全く違うものに見えるようになったからだ。

父と兄は、私が中学生の時に亡くなっている。後に戸籍を手にし、父が在日コリアンだったことを初めて知った。父がルーツを最期まで「語れなかった」のは、差別の実情と切り離すことはできないと、今は考えている。

あえて特定の国に対する敵意を煽るような本が、こんなに目立つところに置かれていたのか――。高校生の私は、父のルーツを知ったことで、ようやくその光景に「気づいた」のだ。だからこそ、思う。書店に入るだけで怯えなければならない経験を、誰にもしてほしくない、と。

『差別のない本屋に通いたい。本好き教師の冒険の記録』は、小学校教諭である仲川啓介さんが、平積みされる差別や偏見を煽る本を前に、悩み、戸惑いながらも、具体的な行動を起こす軌跡が綴られている。ところが、同書が朝日新聞で紹介されると、ネット上では「異」を唱える声があがった。向けられている「批判」は概ねこうだ。

《何が差別に当たるかという合意は困難》
《自分の気に入らない本に「ヘイト」とレッテルを貼り排除する焚書》——。

「何が差別に当たるかという合意は困難」という言葉には、差別を巡る社会の枠組みがどう築かれてきたのかを気にかけずに済む、「マジョリティの特権性」が染み込んでいるのではないか。

たとえば2015年、16年と、川崎・桜本を標的にしたヘイトデモに対し、地域の人々は行政へ、警察へと相談に出向いた。「これを止められる根拠法がない」——そんな返答に納得がいくはずもない。「法律がないなら法律を作って。それが大人の責任でしょう」——そんな子どもたちの声に動かされ、自らも被害を受けた人々らが働きかけを続け、理念法ではあるものの、ヘイトスピーチ解消法が成立。これに基づき、法務省も何がヘイトスピーチにあたるのかを例示している。そして2019年には川崎市で、刑事罰を伴うヘイトスピーチ禁止条例が全会派一致で可決された。

そもそも日本は人種差別撤廃条約に加わっている。ここで人種差別は「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先」と定義されており、部落差別も「世系」による差別と考えられる。1

筆者自身も、ネット上のヘイトスピーチに対し、これらの法や条約も土台に訴訟提起した。裁判所は上記の書き込み内容を「差別的な表現」だと認め、投稿者への賠償命令が確定している。

それにも関わらず、「何が差別か分からない」と白を切れるのは、ヘイトの刃を気にせず生きられる「特権」の中に身を埋めているか、差別を正当化するために「あえて」分からないふりをしているかではないか。「差別を恣意的に認定するな」というが、すでに社会的枠組みを築く試みは重ねられてきたのであり、むしろそれを恣意的に無視することこそ暴力なのではないか。

もちろん、現在の法体系には不十分な点が多々ある。ヘイトスピーチ解消法には「不当な差別」と記されているが、「そもそも不当ではない差別などあるのか」という指摘はもっともだ。非正規滞在者であろうとなかろうと、守られなければならない人権はあるのだと、より明確にすべきだろう。罰則がない法の限界も、この10年で露呈してきた。

そして社会に蔓延するヘイトは、外国人差別に留まらないことも強調しておきたい。外国人人権法連絡会が「人種差別撤廃法」のモデル案を出しているほか、包括的差別禁止法の必要性は方々で訴えられてきたことだ。

関東大震災の発災後、多くの朝鮮人らが虐殺されてから103年という月日が経つ。この加害は単に「混乱時の群集心理の弊害」に矮小化できるものではなく、植民地出身者らを見下げ、差別する社会構造が根底にあることは、これまでも度々指摘してきた。その差別が引き継がれた今という地平に、私たちは立っている。「分からない」ふりをするのは、もう終わりにしよう。

  1. 熊本理抄編著『部落フェミニズム』エトセトラブックス ↩︎
Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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